「こんな年末に!?」
と言われることが多いですが、
神前式奏楽歴15年の経験からして12月後半のお式は意外とあります。
最遅記録は12月28日でしたよ。
私の今年最終は22日。
これ以降も入りそうだったらしいのですが、差配役の人が断ったみたい。
先日も1日に2式、ありましたよ。
最近、参列者として神前式に列席する機会がありました。
これ、
逆の立場があり得るって怖いよね〜、としみじみ。
その神前式での奏楽は笙の1管のみ・・・この時点で危険な香りがします。
大人の事情で2管って式場もありますが、
それは主旋律担当の篳篥かそれを補う龍笛と笙の組み合わせが基本。
つまり、
笙だけの演奏は「調子」でない限り、主旋律を奏でることは決してない。
笙だけで普通の曲を吹いた場合、
篳篥や龍笛が持ち管の方は何を吹いているかそうそうはわからないと思います。
でもね、
私、笙が持ち管なので、
ああ、これはあの曲のあそこだな、って大体わかる。
わかるから今回は悶々とした、色々。
息替
手移り
合竹
メリハリ
私は笙を、
その音もさることながら、
笙の役割を、
かなり気に入っている。
一見、全くの非構造なのに、合奏した時に構造を作っていく不思議な役割。
以前、
老人介護施設のイベントにて、
笙2管で黄鐘調音取りの「追い吹き」をしたことがあります。
そのとき、
演奏前までは虚ろな眼差しだった女性が、
演奏が終わった途端に、
背をもたせていた車椅子から身を乗り出して、
「私はこの曲を聞いたことがあります、それは私の結婚式でした」
と 、話はじめたのです。
彼女の目の輝きが変わった瞬間を私たちは目撃しました。
その方にとって雅楽の音色が強く強く記憶に残っていて、
時間を超えてその方を揺すぶった。
雅楽は、
いまでは滅多に触れる機会がない音楽かもしれません。
でも、
人生の節目で、
神様の前で神聖な誓いをたてる場面で演奏されるもの。
もう一度、普段の練習と自分の在り方を見直さないと、ね。