つばき洞生活ノート

BBSH(バーバラ・ブレナン スクール オブ ヒーリング)の学生の日記です。

セッション中に起きていること

遅ればせながら今日が今年最初のヒーリングセッションの日でした。

 

そして、明日はDLMの締め切り。

 

今日のセッションが前回のスクーリング以来で初めてでもあったので、

いま、必死に書いています。

 

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セッションに欠かせないホワイトセージ。

前回のスクーリングで習ったのは、

「第5レベルのスピリチュアル・サージェリー」。

 

聖なる存在がクライアントさんのその時に必要な「手術」を行う。

ラクティショナーは、ただその管になるよっていう・・・。

 

管、っていうか、

実際にこのリアルな世界でクライアントさんとコンタクトをとっているのは他でもない人間の私。

ヒーリングはいろんな意味でのコンタクト次第だから、

聖なる存在と目の前のクライアントさんの媒介をする感じ・・・かな?

実際にクライアントさんの体に触れているのは、

私というリアルな存在。

そういう状況で聖なる存在がやってきて必要なことを過不足なく行っていく。

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今になってやっと、割と普通に言えるようになったのだけれども、

セッションのモードになっているときはフィールドが見えます。

フィールドとはいわゆる、オーラってやつね。

 もともと見えていたわけではなくて、

だんだん見えるようになってきた。

 

見えりゃあいいってもんではないし、

見える以外の感覚が鋭敏ならその感覚器で受け取る。

 

普段は矯正しているけれども私は目が良くない。

なのにその視覚がこの分野では発達しているってのが興味深い。

 

フィールドが見える、と言っても、

BBSHではフィールドを7つのレベルに分けていて、

そのうちのどれをみているかはわからないことが多いのだけれども・・・。

 

普通の時も見えるし、リラックスしている人ほど見えやすいみたいだから、

ちょっとした仕事の合間の雑談の時にめっちゃ見える時がある。

目が疲れるから知らないふりをしているけどね。

 

セッション中に受け取った情報で、

私の意識に上ってきたものをクライアントさんに伝えると、

「そんなことまでわかるの」

と、ものすごく驚かれます。

 

今までは「普通に観察していたらそれくらいわかるやん」

と思ってあまり言わないようにしていましたが、

それって自分を自分が勝手に判断していたんだわね。

 

同級生とHSP(ハイセンス・パーセプション、超感覚的知覚)の話になった時、

「フィールドは見える時があるけど、色と大きさくらいしかわからなくて、

それがどのレベルかもわからないし、そこに何か情報が見えるわけではない」

と打ち明けてみた。

 

そう、同級生にも言ったことがなかったの。

2年生になる頃にはHSPの強さなんて関係なくなってきたから。

はたから見れば不思議に感じるかもしれないけれども、

先生の皆が皆、サイキックなわけではないし、

サイキックかどうかなんて関係なくなってくる。

 

それでも、私の同級生はみんな本当にHSPが発達しているから、もっと色々見えているのだと思う。

 

だから、だろうな、

こう言ってくれた。

 

「情報はないっていうけど、たくさんそこには情報があるように聞こえるけど?」

 

結局、

「これは取るに足らない」

と捨てているのは私だったんだな。

 

同じパターンが繰り返されてる。

 

だから、

今年からはちょっと勇気を出して、

意識に上ったことは伝えてみる努力をしている。

 

そしてそれらを後押ししてくれるのは、

クライアントさんが感じたことのシェアなんです。

転換

また一人、

知人が光へ帰って行った。

 

私は活動内容の関係で知人、と行っても相当な人生の先輩年齢の方が多い。

 

だからこういう機会が比較的早くからあるんだろうな、とは思っていた。

 

その方とは、

お茶の稽古仲間であり、

謡曲の稽古仲間でもあった。

 

長くご主人の介護とご主人のかわりの会社経営に奔走なさった方で、

ご主人が亡くなってからは好きな「和」の世界を楽しんでおられた。

 

最後にお目にかかったのは去年の11月。

 

納会と初釜の相談をした時。

 

その時もお着物をお召しでお稽古にいらしていた。

 

初釜は先週にあったのだが、

そのかたは「腰痛」ということで欠席された。

 

そして今日の訃報。

 

驚いたし寂しいけど悲しくはない。

 

とりあえず今生での課題は修了して、穏やかなあちら側へ旅立ったに違いはないから。

 

彼女と知己を得たことで、

そしてこの訃報をこのタイミングで受け取ることで、

私は何を学ぶべきなのだろう。

 

そう、

何かが私の奥底で疼いている。

 

少し勇気を出して、それをみてみようか。

 

だんだん自分

BBSHは表の看板だと

「4年であなたもプロのヒーラーに!」

なのだけれども、

多くの授業時間が心理プロセスに費やされます。

 

そこでよく出てくるのが、

 

ハイヤーセルフ

ロウワーセルフ

マスク

 

これらを行ったり来たりしながら、

自分をみていくのだけれども、

結局、

どれも自分と自分の生産物で、

要らなかったものはないんだよね。

 

マスクはハイヤーセルフを真似て被っているものだけれども、

それだってかぶるには理由があった。

 

そこに私の感受性を探求する入り口があるんだ。

 

ロウワーセルフって私はとても可愛らしい、愛おしいものに感じるんだ。

 

すごく正直だもの。

 

マスクも、それの存在を感じた時には「うえ~」って反吐が出そうになるけど、

それだって必死のパッチでやってることだから、

物悲しいものだと思う。

 

今の所、私はハイヤーセルフ云々よりも、

ロウワーセルフやマスクの存在の方が親近感がある。

 

BBSHでは、自分の(そして人の)ハイヤーセルフをちらっと見せてくれる。

 

で、

「こういうのもあるけど、あなたはどちらを選択しますか?」

って聞かれている感じ。

 

そう、

私たちは選択できるんだよね。

じゃあ、どうしたら?

体はもともと丈夫だ、と言われるし、

病院の検査でも褒められるくらいなのに、

私は長らく原因がわからない身体的不調に悩まされてきました。

 

体が重い、痛い。

姿勢を保てないくらいに。

 

それは憑かれだよ、と教えてもらったのは3年ほど前。

 

それだけなら信用しなかったのですが、

「とにかくやって、自分でやって」

と教えられたいわゆるお祓いを続けるうちに、

あの体の重さが、痛さがそういうものだと裏付けられた感じがしました。

 

「憑かれ」とは、人間のエネルギーフィールドの第4層と関わりが深いです。

 

アストラルレベルとも言われるこの層には、

人間らしい感情が表現されています。

 

例えば、

小さな子供や動物を見たときのほんわかした気持ちも、

恨んでやる!って激しい想い。

 

幽霊さんは肉体を持たない想念からできている存在だから、やはりこのレベルにいる。

生き霊とかもね。

妖精さんもこのレベルにいると思う。

 

いいも悪いも、

人間の人間らしい想いはここにあります。

まだ二元の世界。

 

ここを通り抜けた第5レベルより先にはネガティブなものはありません。

ってことはポジティブもない。

ただそういう事実があるだけの世界。

 

人間の想いは強い。

 

それを発した本人が想像する以上に存在感があるのです。

 

この想念の塊はそこかしこに落っこちています。

 

人が集まる場所にはまず間違いなく大量に落ちている。

 

そういう想念が落ちている場所の代表は、

まず大きなショッピングセンター。

大きな食料品売り場があれば完璧。

 

あとは、

神社。

 

どんな有名でパワースポットと言われる場所でも、見事にわんさか落ちている。

むしろ、パワースポットと言われる場所ほど落ちている。

 

こういう話をすると、

 

「原因を外に求めている」

 

「自分の問題が解決していないからそういうものの影響を受けるのだ」

 

「それはあなたのディフェンスだ」

 

と、スピ業界の方はおっしゃる。

 

そうだね、

わかるよ、その話。

 

じゃあさ、

今、私が痛いのはどうしたらいいの?

 

今、ここでの私の感覚はどうしたらいい?

 

だいたい、「私の問題」なんてものが一切解決したら、

その時、私はこの肉体にいないと思うよ。

肉体にいないからそもそも痛みを感じることはできないけどね。

大晦日のお参り

メインの仕事は30日まで。

大晦日と元日はお休みで、2日からは神社での奏楽が始まります。

普通の二連休な感じですな。

 

ここ数年の恒例で、

大晦日にはBBSHJの時の同級生と一緒にお伊勢さんへお参りします。

第一回目から「大晦日伊勢お礼参り」というタイトルがついています。

 

そう、

今年一年を無事に過ごせたこと、

おまけに伊勢までお参りに来れたことを感謝し、お礼申し上げるツアーです。

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 まずは伊勢市駅で集合。

 

 開催5回目にしてバスのフリーチケットがあることに気づきました。

 

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三重交通さんの「伊勢鳥羽みちくさきっぷ1day」。1000円で乗り放題。

この日のコースは、

外宮→月夜見宮猿田彦神社→内宮→伊雑宮おかげ横丁おはらい町


伊雑宮は予定になかったのですが、

「行ってみるか!」

となって急遽、お参りしました。

 

伊雑宮宇治山田駅から普通電車で40分ほど。

駅からは徒歩で5分。

最寄り駅「上之郷」は普通列車しか止まらなくて、それは30分に1本。

 

日帰り旅行の我々にはなかなかハードルの高い目的地でしたが、

結果的にはお参りしてよかったです。

 

近年、大晦日の参拝者数が増えているという話を昨年耳にしていましたが、

今年は今まででいちばん空いていた感じがしていました。

バスなんかはいつも満員で、

人いきれから窓ガラスは曇っていましたが、

今年は余裕で座れる。

 

それでも、

年末は特別の思いでお参りされる方が多いのだな、

そういう雰囲気に満ちています。

 

私は外宮・多賀宮へ向かうあたりで急激に体調が悪化したものの、

まだ歩けるし判断力も残っていたのでそのまま押し切ることに。

月夜見宮、内宮・風日祈宮伊雑宮は人が少なくて助かりました。

特に、伊雑宮ではほんとうにスッキリできて、

最後におかげ横丁おはらい町で立ち飲みするまでに復活。

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 宇治山田駅でおきまりの「漣」さんエビフライを入手して帰宅しました。

 

疲れている体感はあまりなかったものの、

元日の昨日は日中から3時間爆睡。

夜も普通に眠りました。

 

 

それぞれの道だから

クリスマスの頃、

同級生からクラス全員に宛てたメールが届きました。
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もう、次のスクーリングには来ない、と。

 

よくあることです。

 

でも、辛いな。

 

その子は空手を習っていたとかで挨拶程度に日本語ができました。

 

「おはようございます」

 

とか、ね。

 

それだけではなくて、

ほとんど欧米人と接触する機会がないままここまで来ちゃった全くの日本人の自分にとって、

それとなく距離感を尊重してくれる彼女のあり方はとても心が安らぎました。

 

いい、悪いではなくて、

やはり日本人ってのは繊細で、

いつもフィールドをキュッと縮めている。

 

平野部が狭いわりに人口が多いから、

どうしてもそうせざるを得なくて、

それは無意識にやっちゃうの。

 

「周りに迷惑をかけないように」

 

ってね。

 

その感覚でいると、

「参加する意志が足りない」

とかって言われるんだけれども、

それが我々の普通のあり方だから。

 

日本の、

少なくとも東洋の伝統的な文化に由来するものに触れたことのある人はそこんところを理解してくれるのだけれども、

それはあくまで少数派。

 

その少数派に属するのが彼女だった。

 

理由も正直に書いてくれていた。

読んでみて率直に、

これって、この学年(Year3)のテーマ=権威そのまんまじゃん!

 

って。

 

それでも、

本人が選んだ道だからそれは尊重するんだ。

あえて引き止めたりはしない。

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最近、ヒーリングの実習中に時々日本の神様の名前やエネルギーを感じることがある。

 

相手が外国の子でもそう。

 

きっとそれは私感じたがその子を取り巻くエネルギーを、

自分が知っている日本の神様のエネルギーに翻訳しているからなのだろうと思う・・・例えば、大山祇神なら山のにご縁のある人、少名彦名命なら造酒と薬にご縁のある人、とかってね。

 

それを初めて認識した同級生だったから余計に色々思っちゃうな。

 


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純粋な動機

損得とか、

見栄とか、

アイデンテティーとか、

そんなのを軽々と乗り越えられる、

 

それはそれは純粋な動機。

 

「もっとコミュニケーションをとりたい」

 

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今年度のYear1には中国からの学生さんがいます。

 

英語はもちろん、日本語もとても堪能。

 

なんでも、

日本のアニメを観て学んだとか。

 

ゆくゆくは母国でスピリチュアルな学びを提供したい、と話していた。

 

日本語を使っての会話でも、

中国の方との久々の交流は久しぶりに私の中国語熱に火をつけましたよ。

 

大学生の時は第二外国語として中国語を選択しました。

日本史のどこかの時代を専攻するつもりでいたから、

長らくアジア圏の正式文書に用いられる共通語であった中国語=漢文を学ぶことを、効率性の観点から。

 

もともと漢文は得意だった延長で句形をマスターするのが楽しくて、

いつの間にか中国文学専攻の学生も含むクラスで(しかも当時はほとんどの学生が中国語をとっていました)大体、2位。

1位の子は中国語がペラペラでした。

 

中国語を勉強したのは2年間。

 

もうほとんど忘れています。

でも、

 

もっとこの人とお話ししたい!

 

そういう、純粋な動機は最強なんで、

また中国語をやり直すつもり・・・その前に英語、なんだけど。