AI、便利です。
仕事で苦手な英語を使ったメールのやり取りをするときに、あるいは茄子やワタの育て方を調べるにもお役立ちです。
なんならブログの文章もそれはそれは見事に作ってくれるのですが、読んでみると奇妙さの感覚に気づきます。
正解を出してはくれているようでいて、この手のブログとなると正解はそこまで必要ではないという点で適用する対象としてずれているのかもしれません。
この奇妙さに気づいてからは自分以外の方の文章に「AI味(み)」を発見するようになりました。
何の気なしに読み進めていくと途中から展開が読めてきたり、構成の全体像に「AI仕草」がちらほらするのです。
最近はどのAIで書いたのかもなんとなくわかるようになった気がしてきています、もはやAIソムリエの気分。
一度意識がもたらされるとその領域を感知する神経伝達回路が進化するのかもしれません。
長い前置きでしたが、
AIの台頭とともにアナログやリアルの良さが際立ってきている感覚があります。
自分自身が割り切れないリズムや振り幅の大きい音高の世界に長く身を置いていて、楽器自体がどれもアナログで不安定。
楽曲自体も本当に「わかった」とハラ落ちするまで時間と労力がかかります。
だからこそ見える世界があったし、それに気づいてくださる方=我々の音楽を好意的に受け止めてくださる方に出会うことも増えてきたように感じます。
身内のひそやかな愉しみの輪がすこしずつ広がっているような感覚です。
別の見方ではずっとこれまでも好意的に受け止めてくださる方はちゃんといらっしゃったけれども自分にはその部分が見えていなかった可能性もあります、または両方。
対面のヒーリングやイベントもアナログの部類で、個人的には手間はかかっても他には代え難い良さがあると思っています。
アナログ側の存在・ワタの実1号がはぜました。
ネット上の画像と少し異なってあまりもふっとしていません。
繊維はみっしり、タネもたくさん入っています。よ
