つばき洞生活ノート

つばき洞生活ノート

BBSH(Barbara Brennan School of Healing)卒業生による日々の記録です

聖なるものとの距離感

筝(そう)という楽器、

いわゆるお琴は「磯に横たわる龍」と見立て、

各部位に名称をつけている。

 

龍角、龍舌、龍額、龍腹

 

などなど。

 

その理由は、

 

「筝=聖なる生き物の名を冠した楽器を奏でるにあたっては心せよ。」

 

とのメッセージが込められている。

 

筝以外の聖なる生き物の名を冠した楽器といえば、

 

笙=鳳笙。

長短ある17本の竹が美しいバランスで円を描きつつ垂直に並ぶ様子は、

慎ましやかな先人たちをして鳳凰が羽根をつぼめて休息している様子を想起せしめた。

 

龍笛はその名の通り、「人の子が感知することは畏れ多い」とは知りながら、

それでもその声はいかばかりかと、未だ聞かずのその音を追求する奏者の様子が立ち上る。

 

これら楽器の名称の由来を辿るとき、古代における「聖なるもの」と「私」との距離感を垣間見る。

 

そして、この距離感が私には心地よい。

自己愛について

「うぬぼれ・プライド」はロウアーセルフの質の一つ。

 

それは「自己愛」とは全く異なるもの。

 

自己に対する愛とは、

自分の不完全さに気づきたいと願い続けるあり方ではないかと思う。

 

一方、「うぬぼれ・プライド」は、

自分の不完全さを、とんでもなく不都合なものとして隠す手段の一つなので、

「自己愛=自分の不完全さに気づきたいと願い続けるあり方」が成り立つならば、

「うぬぼれ・プライド」と「自己愛」は全くの逆を志向していると言える。

 

どうやら私たちは「愛すること」についてひどく誤解した存在であるらしい。

 

自己に対する感情のレベルは我々の肉体のオーラフィールド第2層に一致する。

彩度の高い色は第2レベルの特徴。

 

赤、橙、黄、緑、空色、紺、白。

 

彩度の高い色はパキッとしていて自分が鼓舞される感覚があるね。

夏の野菜は第2レベルの色に満ちている。

 

ヤムウンセン(タイの春雨サラダ)

ちびモッツアレラとトマトの塩こんぶ和え

茄子、ズッキーニ、エリンギの焼き浸し

 

人間のオーラフィールドについての理解は私たちの人生をより豊かにしてくれます。

下記ワークショップでご一緒に探求してみませんか?

 

tsubakidoh.hatenablog.com

 

Hands of Light ®︎ 光の手 オンラインワークショップ 6月22、23日(土日)各日9時~13時

Hands of Light®︎光の手 オンラインワークショップを開催いたします。

 

日時:6月22、23日(土日)各日9時~13時

Zoomを利用したオンラインワークショップです。

参加費:¥12,000

お申し込み、お問い合わせ:

tsubakidoh@gmail.com

 

*23日開催*

BBSH日本校学校説明会

13:00〜

 

参加費:無料

お申し込み&お問い合わせ:

tsubakidoh@gmail.com

 

ワークショップリーダー:

加藤貴枝

BBSH日本校Year3教師、認定ワークショップシーダー

 

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私たちの肉体は私たちの想像をはるかに超えた可能性を持っています。

このワークショップではその可能性について学び、

人生に活かすヒントをさまざまな角度からご提供いたします。

 

人体の4つの次元

人体のチャクラの機能

ヒーリングの基礎的スキル

魂の憧憬につながり、あなただけの人生を創造する方法

 

みなさまとご一緒できますことを楽しみにしております。

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ヒーリングからの演奏会

早朝のシニアティーチャーによるヒーリング・デモを終えてからの演奏会。

 

自分は録画係と思っていたので着物を半分着た状態で参加しようかと考えていましたが、

やめておいてよかったです・・・予想外に私がデモのクライアント役だったのです。

 

主訴は、風邪の後の肋骨の痛み。

 

デモが終わってから着物に着替えて演奏会場へ。

今日は何年ぶり、どころか初めてレベルで上手く長襦袢が着れました、Youtube先生、ありがとう。

 

ヒーリングのおかげで肋骨の痛みからくる緊張が和らいだ体覚も確かにありつつも、

それ以上に顕著だったのは演奏中の自分の感覚の及ぶ範囲の広さでした。

 

舞台上はもちろん、会場の隅々まで容易に把握できる感覚。

いつも行うことではありますが、今日はとても楽にできたように感じています。

帰宅後もそれほど疲れを感じていません。

 

曲の出来もまあまあだったかな・・・ちょっと疾走感強めの越後獅子。

 

次は社中の勉強会目指して練習です。

富士太鼓、名取川、玉川、初秋、水の変態が課題曲。

光と闇の交差点

社中勉強会のためにちょっと昔に習った曲をおさらいしています。

 

そのうちの一曲、「富士太鼓」は、お能に取材した「謡もの」で、

三絃は三下がり、箏は低平調子です・・・大方の曲は高基準なので低調絃は敬遠されがち。

三絃には替手があり、これが加わることで一層、華やかになります。

 

富士太鼓のお話は、と申しますと、

雅楽の太鼓の名手・富士ととその妻子、富士と同じく怜人の浅間が登場。

楽人の地位を求めて都に上ったのち浅間に殺された夫を思うあまり狂乱する妻に、

富士の霊が憑依。「太鼓こそが仇」と太鼓を叩き、舞ったのち恨みは晴れ、太鼓は夫の形見と太鼓を見つめて帰途に着く。

 

というもの・・・カオス。

 

怜人同士のどろどろエピソードは現実にしばしば発生していたし、それを世間は認識していたと思われる設定でもあります。

 

演奏って、結局は「できるかできないか」なのだけれども、

そこにプライド周辺のものがくっつくとややこしくなるわけで。

 

その様子を雅楽の超・有名曲「越天楽」「太平楽」「五常楽」「千秋楽」をおりまぜ描写する。

舞楽アイテム「鳥兜」は富士の形見であり妻を狂乱せしめるきっかけとして登場。

 

このようなお話なので抑揚の激しい曲調になります。

そして謡ものは登場人物が狂乱するほどに華やかになる傾向があり、これが魅力です。

 

本家の謡では富士太鼓以外の狂女ものにも何とも言えない魅力がありますね。

 

この手の演目によって、

人が誰しもが幾許かは持ちあわせる狂気願望は舞台上で安全に達成されるのでしょう。

 

個人的にはこの類の曲は、自分の芸歴上の節目で演奏させてもらったこともあって思い入れが深いです・・・「古道成寺」、「鉄輪」は本当に、好き。

 

・・・というお話をするとしばしば

 

「(要するにそういった)怨霊系の曲は同種の存在を引き寄せる」

 

とか、

 

(そのような曲の話題にさえ触れたく無い)

 

という反応を示される方があります。

 

わからなくも無い反応です。

 

なんせ人第4レベル(アストラル界)どろどろ祭り、

ロウアーセルフの大盤振る舞いなのですから。

 

しかし私はこの世界に惹かれ続けているのよね。

それらは私達人間のとても大切な要素だから。

 

それらを無いものとして光だけを求めるとき、大切な自分の一部を強く否定している。