つばき洞生活ノート

つばき洞生活ノート

BBSH(Barbara Brennan School of Healing)卒業生による日々の記録です

2024年度プレクラス

2024年度のBBSH日本校 Year3(第三学年)第1回目のプレクラスが先ほど終了。

 

3月28日の本格的な新学年スタートまでに数回プレクラスが開催され、

この学年で学ぶことのイントロダクション的な経験をします・・・あと誰が講師なのか、などもここで判明。

 

出席日数のカウントはなされませんのでお気軽に、です。

 

比較的気軽に集まることができるのはオンライン授業形式の利点ですね。

また、重要な部分は録画されて後日視聴可能。

 

新一年生の方には「1日体験入学」(School for a Day)のイベントにて、

どのようなことを実際の授業で経験するのかに触れていただくことができますよ。

 

イベント詳細についてはこちら↓からどうぞ。

tsubakidoh.hatenablog.com

 

Year3のテーマは「神聖な存在との関係性」です。

 

人間のオーラフィールドのうちの第5〜7レベルを中心に扱う、

「いかにもヒーリングスクール」な学年。

 

とは言え、想定の大方はいい意味で裏切られるのがBBSHの常。

 

言い換えますれば、

 

「そうは問屋が卸さないよ。」

 

想定外に開いてたのしんでいきまひょ。

 

BBSH日本校体験入学3月9日(2024年)

BBSH日本校1日体験入学のイベントが開催されます。

 

日時:

2024年3月9日(土)

9:00〜11:30AM

 

参加費:

無料

 

Zoomを介してのオンライン開催です。

 

奮ってご参加ください。

mailchi.mp

 

 

BBSHの最新情報につきましてはこちら↓をどうぞ。

ameblo.jp

 

BBSH日本校インスタグラム↓

https://www.instagram.com/bbshjapan/

 

BBSH日本校公式LINE↓

https://lin.ee/zWL0fzh

旅する残香

自宅屋根裏にてイタチさん(外来種)、つかまる。

 

建て増しを繰り返してきた我が家はすきまだらけ。

 

そこそこ大きいヘビ

ねずみ

野良猫

 

そしてイタチとも、

 

共存という名の放置で特に対処することもなかったが、

退っ引きならぬ状態に陥ったために業者さんに依頼。

 

ワナを仕掛けてもらって数日後に捕獲。

 

 

ワナに入れていたのは誘き寄せるためのの菓子パンのカケラだけだったのに、

いつのまにか出入りを繰り返して断熱材やらビニールを持ち込んで快適空間を作っていた模様。

 

この顛末で捕獲されたイタチは独特の体臭を発した。

 

捕獲されて何日も経つのに、家のそこここでその臭いがするうえに、

その臭いがその日その時によって場所が違うという不思議。

 

捕獲された個体以外の存在も否定できないけれども、

この現象はイタチが捕まった日までは確認されなかったことなので、

捕獲後に発せられた物質が原因と思っている。

 

臭いは物理的現象の結果だけれども、

それを超えた痕跡もあることは自分のなかで常識になってしまっている。

 

つまり、オーラフィールドの特徴に代表される様なその人なりの個性が物理空間に何らかの痕跡が残され、我々はHSP=超感覚的知覚によって感知しているよね、というお話。

 

だからその場にいない存在のなにかを情報として受け取り、

それによってプロセスは花開いていく。

 

虹の橋の詩

動物と暮らしている人の間で有名らしい虹の橋の詩。

 

犬子の遺骨入れが届いたときに同梱されていたカタログでその存在を知りました。

 

「虹の橋を渡る」

 

という表現で飼い犬、猫そのほか動物の死を暗喩しているのはこの詩を踏まえてのことだったのね・・・しかし詩の通りだとペットたちは天国に続く虹の橋を渡らずに飼い主がやってくるのを待っていることになっているのだけれど。

 

美しい想像だと思います。

 

実際に動物の家族を亡くした人たちの心を救ってきたのでしょう。

 

うちの犬子の場合は待っていなさそうだな、

なんていったって独立心旺盛の超マイペース柴犬ですもの。

 

私も私で、

「そんなところでぐずぐず待っていないでさっさと転生でも何でもしな。」

と思ってしまう主なのです。

 

不完全さを迎え入れる

ステロイドを含む処方薬への抵抗を感じられる方は多いし自分もそうだった。

 

この世の大概のものは不完全であることを忘れがちなので、

ひとたび不完全さに気付いてしまうと異常反応してしまうのが人間なのではないかと思う。

 

昨年の今頃、何度目かに犬子の病のプロセスに付き合うと肚を括ったときに、

自分がくたばっている場合ではない

と思った。

 

炎症は心を蝕む。

だから炎症を可能な限り取り除いた状態で健全な判断ができるように。

 

これも今の治療法(標準治療の半量ほどとはいえステロイドを使う)に戻った大きな理由のひとつ。

この判断は大変よかったと思っている。

 

また、犬子の病の進行を遅らせるためにはステロイド+抗生物質が最も効果的だった。

 

このコンボは痛みを取り除いてくれたらしいので、

犬子が最後まで意思を伝える余裕を保てたことに寄与したと思っている。

 

ステロイドがなければもっと早くに別れることになっただろうし、

私も自分の症状にかまけて必要な処置のための判断と行動ができなかったと思う。

 

度重なる絶望的な現実の告知に向き合うにあたっては、

その現実を踏まえた上でどのような対応が最も犬子のQOLを維持できるのか。

 

最後のほうは

なるべく長くではなく、なるべく痛くなくて苦痛がないように

と獣医さんにお願いしていた。

 

私には私の人生があるし、

犬子にとってもそれは同じで、

お互いがベストバランスでどう混じり合うかをずっと探求する感覚。

完璧を求めるのではなく、ただひたすら、

それがどれほど残酷に響こうともその現実に調和する方法を探る方向を向き続けた。

 

犬子が逝ってしまって2週間経つけれども、意外と写真をみるのは平気。

火葬が終わった翌日から犬小屋周りの片付けを始め、

来週には消毒をしてもらう手筈になっている・・・これは警察犬の委嘱を長年受けていた方のアドバイスによる。

 

寂しいとは思うけれどもやはり、

「お互いよう頑張った!」

という感じの方が強く、後悔は全くないのだ。

 

悲しい、つらい、みたいな感情を持つのは、

ひょっとしたら関係性に少々距離のある人なんじゃないかな。

 

みっちり付き合った者としてはむしろ晴れやかな気持ち。