宮城道雄 作曲
桜居女 作詞
昭和2年(1927)作曲
三絃:二上り→三下り
筝:平調子→中空調子
歌詞:
さくらさくら 都の花はあでやかに 山の緑に まじりては その色さらに麗しく 弥生に匂う花こそは さながら人の盛りなれ 花を見る日は短かきも 風に 従い雪と散り 川に浮かべる花びらの 行方も楽し 水のまにまに
(手事)
紅葉紅葉 山の紅葉の麗しや 杉の緑混じりては その色更にあでやかに 誘える風に任せ散り、川に漂う綾錦 行方もおかし水の間に間に
とにかく歌が難しい曲であると同時に「the 宮城節!」な曲だと思います。
色々と動画を視聴しましたが、楽譜に指示された音を再現できているものを見つけられませんでした。
あと一息、惜しいのですが、その「あと一息」が惜しいが故に宮城さんぽくないというか。
「じゃあ、アンタはできるんかい」言われたら、できてないです、はい。
いきなり序盤の「都の花」の「の」と「花」なんて、超絶難しい。
平常運転なら三絃3−8くらいなのにそこを敢えて3ー8#まで上げて、「手とちょいずらし気味で転がす」、に始まり、
三絃3-7から4の行き来はまだ「あるある」ながら、
脈絡なく投入される合いの手直後の三絃二−一とかは「一見楽勝!」に見えて実際は動揺しか生み出さない音程ですよ。
そして手事においては、薬指で弾くのを高音域で繰り返す、からの、高音域を用いての掛け合い(=ツボを外したらまるわかり、そして高音域ほどツボが難しくなる)という緊張の連続。
手事から後歌にかけて三絃−イ一を1音上げなどの、普段なら警戒警報がじゃんじゃん鳴っているはずの調絃替えはまだまだ演奏者に優しい構成で、
そこからの「あまり使わない」+「脈絡ない音からの転がし」を「手とちょいズレ気味に入れる」展開が最後の最後まで用意されていて・・・とにかく濃い。
更にこれを筝で歌うのはこれまた至難の技。
どうやら他の多くの曲においても筝は歌わなくてもよい、みたいな通例があるようです。
理由は、大抵の古曲は三絃が先に作曲されていて、それに対して筝パートを作る結果、どうしても「筝を弾きながらの歌唱」の難易度は三絃のそれに比べて上がらざるを得ない。だから歌えなくともよし、みたいな流れがあるようで。
とは言え、ほとんどの曲は「筝を弾きながらの歌唱」が可能なのですが、この「花紅葉」は珍しく、筝で歌うことができないかも・・・な曲です、それくらいに難しい。
演奏時間は13〜14分の、特別に長い曲とは言えないのですが、一回弾き終えた後の「やりきった感」はなかなかのものです。
さんざん難しいところを述べてまいりましたが、歌詞も曲調も極めてお上品で、いかにも宮城師の作品といった風情です。
良い曲ですし聴きごたえがあります・・・勿論、先述のごとく弾きごたえも。
宮城師といえば「春の海」でしょうが、それ以外の曲も難易度に関わらず品格高くかつ情緒豊かなのです、なのに本人のキャラはお茶目なところもあって、そこが萌えるのよ。
以前にもご紹介したように記憶していますが、こちらでそのお茶目さに触れることができるかと。
昨今の状況により1年延期された演奏会での我々の演目がこの「花紅葉」です。
緊急事態宣言前から無観客での開催が告知されていましたが、それもどうなることやら。