つばき洞生活ノート

つばき洞生活ノート

BBSH(Barbara Brennan School of Healing)卒業生による日々の記録です

Playerと Prayer

その昔、

高校生の頃には周囲に、

「私は神職になる」

と宣言していて、

大手予備校の模試を受けるときに記入する志望校欄にも、

 

皇學館大学文学部国史学科

 

と書いていました。

 

神職になるための資格を取得しやすく

日本史の勉強ができて(日本史を専攻すると決めていた)

雅楽のクラブがある(何かは知らないくせに雅楽をやる!と決めていた)

 

まさしく三拍子そろっている場所だと思ったからです。

 

志望校なぞ担任の先生しか知り得ないことだったのですが、

何を間違ったのかその模試関連の冊子に掲載されてしまうことになりました。

当時は(今でもそう?)成績上位者の氏名、得点、志望校を掲載した冊子が模試の受験生に配布されていたのです。

 

同じ冊子に掲載されている方々の志望校は、

東京6大学やら関関同立やら。

 

「ある意味、目立っとる」

 

と同級生のコメント。

 

私としてはこの志望校は全く自分の希望と齟齬がなかったのですが、

最初から神社界にどっぷり中に入るよりも、

ちょっと遠巻きに眺めてみるのもいいかな、と考え直して、

別の学校に進学しました。

 

いまだに神職の資格にご縁はないのですが、

定期的に伶人として神社に出入りさせてもらっています。

 だから、8割くらいは希望の通りになっている感じ。

 

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こういう形で神社に出入りしていることを知ったBBSHの先生に、

 

神道の勉強をするつもりはないのか?」

 

と尋ねられて、

 

即座に、

 

「いや、私はPrayer(祈る人)ではなくPlayer(演奏者)の方でいたいんだ」

 

と答えた。

 

神道、と一言に言っても色々ある。

 

女性の身では入れない場所があることも知っているし、

それはもっともなこととも思う。

 

逆もあるしね。

 

正直な感覚で言えば、

雅楽地歌ももともとは女性が演るようにできていない。

 

それと同じように、

今の大手な神道は女性の入る精神的余地はないと思う。

確かに、後継者不足から女性に門戸が開かれているけれども、

そこまで既得権益は甘くない・・・これが私の率直な感想。

 

Playerと Prayerでいうなら、

今の私が無駄なストレスなく勤めさせてもらえるのはPlayerの方かな、と思っています。

 

外国の人にこの微妙な感覚を伝えるのは難しかったな〜。

 

その先生曰く、

神道のことはよく知らないけど、自分は自然のことが好きで神道が自然に基づいていると聞いている。」

 

そう、

全くその通りだと思う。

 

神道にはドグマがない。

 

自然を敬う

 

その気持ちで十分。